浦安! 日の出小学校 、中学校  出身が懐かしむ場所を徘徊

浦安の俺が卒業した日の出小学校、日の出中学校。なんとなくGoogleで検索してみたら、このブログサイトがあった。そんなあなたに届けたい!日の出小学校、中学校卒業であれば必ず懐かしい!と思う画像風景をお届けします。

嬉し恥ずかしの思春期。学校生活。当時の友人などを思い出し懐かしさに目を細めご覧ください。

日の出地区 ベイシティ浦安

日の出地区の発祥は、ここベイシティ、マリーナイースト、日航社宅(JAL)の3つの種類のマンションだけで構成されていました。 徐々に明海(あけみ)、夢見の街が開拓。そして潮音の街と続々と高級マンションが建てられ現在の様子となっております。

街の景色は変わるが、ここはベイシティの敷地内なので99%当時の風景を維持されています。

 

閑静で温かみのあるこの雰囲気。裕福な層が住んでいるのでワンカップを持ったおっさんなどは絶対に出現しません。 当時は竹内豊が知人を訪問したり、嵐の櫻井翔が友人を訪問しにきたりと噂がありました。 サッカーの元日本代表の城選手が住んでいたという噂もありましたね。

 

ベイシティの入り口はオートロックです。 このオートロックは当時のものと違いカメラ機能がついたものにバージョンアップされていました。 ポストも2015年頃にリニューアルされたようです。 ちなみに俺氏が小学生の時にベイシティのオートロックに#2372と入力すると開錠できるのが有名になり流行ました。

現在はこの番号を入力してももちろん開錠はできません。

 

日の出っ子名物のこの建造物は駐車場です。ベイシティF塔と連結した形状。当時ここの駐車場に親が車を止めていました。懐かしい。

さらに2階部分は「太陽公園」です。

太陽公園

はい!懐かしい確定のこの場所! 日の出っ子であれば誰もが遊んだこの公園。雨になるとミミズが大量に周辺の植木エリアから出現することで別名「ミミズ公園」とも呼ばれていました。

 

太陽公園の緑のマットは5年に1度くらいで新しくなったような気がします。ボツボツ赤色の地面は当時のままでだいぶ汚れ削れています。 このベイシティのオブジェのボールも黒ずんでいます。 小学生の時に白い屋根に登って遊んでました。

 

当時ここに銀色の柵があったのですが網に変わっています。ここを落ちないように渡るのが子供達のブームでしたね。

 

太陽公園のメイン。太陽のオブフェ。 現在は「のぼらない」と張り紙が貼られていますが、どう見てものぼり棒である。 当時はこの棒を登り上にある太陽にタッチするという遊びをしていました。

背後に見えるのはベイシティF塔です。ここ、太陽公園は2Fにあるので1Fにあるのが2階部分のベランダになります。 つまりは、上の写真。茂みから見える部分は2階ではなく3Fなのです。

 

太陽公園の度胸試しは公園2階からジャンプ。そしてこの土台から少し先にあるベンチへジャンプすることがミッションの一つである。

 

日の出小学校

当時、小学生4年生の土曜日に父親とこの小学校に遊びに行きドラゴンクエスト6が出たら絶対に買うんだ!とこちらから見て写真右側の校門の壁に登り話していたのを思い出しました。

 

日の出中学校

当時通っていた時はピンク色の壁は綺麗でしたが現在は黒ずんで味がでております。当時は学校の先生が職員室でタバコを吸っていて煙で曇っていました。途中から分煙となり校門近くの職員室前で先生がタバコを吸っているのが日常でした。

 

通学路ですね。日の出中学校を通った卒業生であれば誰もが懐かしさを感じる風景でしょう。

 

日航社宅(JAL)

この信号の先にある広大なエリアは日航の社宅(4階建)が並んでいました。しかし景気低迷でほとんどの敷地を売り払い別のマンションが間を割って建てられるようになりました。 当時はこの写真の目の前の駐車場部分は道でその先には「たま公園」と呼ばれる公園がありました。 人工で作られた小さな丘などもありましたが今はありません。 テニスコートや自動販売機エリアなどもなくなっています。 寂しいのぅ。

 

マリーナイースト21

マリーナイースト21。イカリのオブジェが印象的。エレベーターがクソ遅いのが特徴的。ベイシティや日航社宅とは違い塔によって形状や大きく異なるの謎深きシステムを採用した高級マンションである。

 

日の出っ子であれば、この水飲み場だけを見ればどこだかわかることでしょう。蛇口が謎の2等流にバージョンアップされていたのに気づいた。

 

台風がくるたびにぶっ壊れたヨット公園のヨット。 現在は遊ぶことすら許されないようだ。カラーコーンで仕切られている。

当初のヨット公園は実は写真、左手前部分に青色のしなる棒の遊具があったが、すぐに折れ曲がり撤去となった。2000年にはすでに撤去されていたと思います。

 

難易度が高すぎて当時の子供は誰もこの遊具で遊ばなかったなぁ。

 

マリーナにはいたる場所に小さな公園があり、その一つに「ガッコンブランコ」と言われる遊具がこの場所にありました。

 

ガッコンブランコは昭和から平成初期に公園によくあった超危険な遊具である。足を挟み骨折や大怪我、死亡事故が多発。令和の時代には完全に姿を消した。遊び方はジャンケンで負けた人が遊具に座り、こぎ役の2名が格両側の椅子の部分に立ち上の手すりに掴まりガタンッ!ガタンッ!と遊具が柱に接触するまで勢いよく加速させ、ジャン負けの搭乗者を処刑する。 こぐ側も落ちないように油断は禁物。命がけの遊びである。

 

日の出エリアである、ベイシティ浦安、マリーナイースト21の3つのマンションエリアを紹介しました。 どのエリアも現在も美しく管理されており、さすが新浦安クオリティだ!とアゴに生えた剃り残しのちょび髭を手でなぞり帰宅した。